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消え往くモノと、そうでないモノ

2015/11/7 土曜日

午前中、道場にてIさん指導。

午後、そのIさん、廣原先生、Mちゃんの4人で、広島カスタムナイフ展の開催されている南区民センターへ。今年で21回目となるこのイベントに、私は1回目から欠かさず足を運んでるのだが、今回は出展者数は過去最低で、会場がやけにだだっ広く感じてしまった。
クラフトマンには、なんとか頑張って欲しいものだ。

それで脈絡なく思い出したのが、山口は萩にあるガラス工房を取材したとき、そこの名工から実際に聞いた、地方都市でますます広がりつつある「シャッター街」に対するコメント。
「ここ(山口)もシャッター通りばっかりになってしもうたが、時代に必要とされなくなり、消え去る運命にあるものを助ける必要はない」と。冷たい言い方に聞こえるかもしれないが、正論だと思う。
昭和の初め、映画がサイレントだった頃、スクリーン横に立ってその内容を語りで表現する「活動写真弁士」という職業があり全国に8000人ほどいたという。
ところがその後、音声が出る映画「トーキー」が普及し、弁士は廃業に追い込まれるのだが、当時は「俺たちを路頭に迷わせるのか!」と弁士達の激しい抗議行動があちこちで展開されたそうだ。
その時代に生きていたとして、あなたは映画がサイレントに戻ることを望むだろうか。
ちなみに、職を失った弁士達は、その後、漫談、講談師、司会者、紙芝居などに転身する。要するに、ひとつの仕事が消え去ったら、また新しい仕事も生まれるのが常なのだ。

その点、カスタムナイフはこれからも不変の存在としてあり続けるだろう。
原始の時代から、人類の爪や牙の役割を果たしてきた最古の道具が、おいそれと消えはしない。日本刀だって市場があるのだ。
私も数えてみたら、10本のナイフコレクションがある。

写真:狩猟をやっていた頃、イノシシのトドメ刺し用に携帯していたファイティングナイフ。昔はナイフでもバイクでもマッチョなデザインが好きだったが、「用の美」とはシンプルに結実するものであることを教えてくれた1本。「これ見よがし」は恥ずかしい。
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プロフィール

三代目春駒/小林カズヒコ

Author:三代目春駒/小林カズヒコ
マーケティングコンサル、童話作家、声優、ミュージシャン、武術師範(心体育道小林道場師範)など、多方面のトップで活躍するハイブリッド系パフォーマー。能の謡(うたい)を京都在住の観世流シテ方能楽師、杉浦豊彦先生に師事。ちなみに「春駒」とは、芸者として博多で活躍していた祖母「春駒」の芸号である。2019年末、悪性リンパ腫のステージ4と診断され、半年間の抗がん剤投与を経て翌年5月に寛解。

西瀬戸メディアラボHP
http://www.nishisetomedia.jp/

三代目春駒オフィシャルHP
http://www.harukomania.com/

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