現代のドンキホーテ
2017/11/12 日曜日
好きなアーティストはいっぱいいるが、目指したいアーティストといえば、フランシス・アリス。
2013年、たまたま足を運んだ広島市現代美術館で彼の作品群と出会い、最初はそのつかみどころのない発想の破天荒さとスケールの大きさに、どう解釈すればいいのかわからなかった。
ただ、わからなくともメッチャ楽しかった。
ドローイング、ペインティング、コラージュ、ドキュメント映像、写真など、奔放で唐突のようにみえながら、俯瞰するとひとつながりとなり、大きな問題提起を孕んでいたりして、あっと驚かされる。
時間が経つにつれ、僕のなかで会ったこともない彼に語りかける機会が増えた。
来年より、新境地に踏み出すことの恐れなど微塵もない。アリスのように進むのだ。
写真:アリスの作品は、自ら「アクション」と呼ぶ、日常空間と芸術の境界を相互に侵犯するような表現行為である。
この写真は「トルネード」。
砂漠に頻繁に発生する竜巻にカメラを持ってダイブしてもみくちゃにされながら動画撮影する、そんなアホっぽいドンキホーテ的な姿勢にもたまらなく魅せられるのだ。
竜巻の右の根元あたりに小さく見える人影が我が英雄アリスその人である(笑)。

好きなアーティストはいっぱいいるが、目指したいアーティストといえば、フランシス・アリス。
2013年、たまたま足を運んだ広島市現代美術館で彼の作品群と出会い、最初はそのつかみどころのない発想の破天荒さとスケールの大きさに、どう解釈すればいいのかわからなかった。
ただ、わからなくともメッチャ楽しかった。
ドローイング、ペインティング、コラージュ、ドキュメント映像、写真など、奔放で唐突のようにみえながら、俯瞰するとひとつながりとなり、大きな問題提起を孕んでいたりして、あっと驚かされる。
時間が経つにつれ、僕のなかで会ったこともない彼に語りかける機会が増えた。
来年より、新境地に踏み出すことの恐れなど微塵もない。アリスのように進むのだ。
写真:アリスの作品は、自ら「アクション」と呼ぶ、日常空間と芸術の境界を相互に侵犯するような表現行為である。
この写真は「トルネード」。
砂漠に頻繁に発生する竜巻にカメラを持ってダイブしてもみくちゃにされながら動画撮影する、そんなアホっぽいドンキホーテ的な姿勢にもたまらなく魅せられるのだ。
竜巻の右の根元あたりに小さく見える人影が我が英雄アリスその人である(笑)。

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