内部表現は関数であり「識」である
2017/9/17 日曜日
終日諸々。
休日で、しかも台風襲来となれば、なににも煩わされることなく集中して仕事ができる。
コーチングや催眠術の用語で「内部表現書き換え」というものがある。僕のコーチングを受けた人ならある程度理解しているだろうが、そもそも「内部表現」とはなにか。
一言で言うなら「関数」である。「ある変数に依存して決まる値」だ。自我ともいえる。
で、当然、この関数は一人一人違う。
ある人にとってミック・ジャガーは神のような存在であるが、別の人にとっては意識にすらのぼらないどうでもいいオッサン、というように重要度も関数によって導かれる。
関数=内部表現を書き換える、あるいはあらたに出現させるのは容易ではなく、ここにコーチングが必要となってくるわけだ。
ある事象に関し「俺は知っている」と言った瞬間、彼は知り得ない膨大な世界を同時に提示している。つまり「知らない」と言っているのと同じ。
この未開発の関数を、弘法大師空海は「識」と表現したのだと思う。
写真:台風で我が家に避難してきた方。

終日諸々。
休日で、しかも台風襲来となれば、なににも煩わされることなく集中して仕事ができる。
コーチングや催眠術の用語で「内部表現書き換え」というものがある。僕のコーチングを受けた人ならある程度理解しているだろうが、そもそも「内部表現」とはなにか。
一言で言うなら「関数」である。「ある変数に依存して決まる値」だ。自我ともいえる。
で、当然、この関数は一人一人違う。
ある人にとってミック・ジャガーは神のような存在であるが、別の人にとっては意識にすらのぼらないどうでもいいオッサン、というように重要度も関数によって導かれる。
関数=内部表現を書き換える、あるいはあらたに出現させるのは容易ではなく、ここにコーチングが必要となってくるわけだ。
ある事象に関し「俺は知っている」と言った瞬間、彼は知り得ない膨大な世界を同時に提示している。つまり「知らない」と言っているのと同じ。
この未開発の関数を、弘法大師空海は「識」と表現したのだと思う。
写真:台風で我が家に避難してきた方。

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