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危ない橋を渡ってきた

2020/6/28(日)

スマホ内の録音データを整理していたオタマが
「ちょっと、これ」と。
それは、
Tクリニックのドクターによる
診察結果の説明音声だった。

昨年11月下旬、突如体調を崩した私は、
これが何によるものかさっぱり見当つかず
オタマの言われるままTクリニックへ駆け込んだ。
2、3の検査を受け
「結果は明日説明します」ということで
当然行くつもりでいたが、
翌日はすでにベッドから起き上がる気力も体力もなく
かわりにオタマが説明を聞きに行き
その際、スマホで音声も録ったと。

半年前のその10分間の録音データを聞いてみて、
あらためてT先生の洞察や指示の正確さに驚くとともに
もし、ここに行かず別の内科病院だったら
悪性リンパ腫であることを見落とし
別のガンだと判定された可能性もあったことが
こわいほど理解できた。
そうなると処置が遅れ
間に合わなかったかも、、、。
T先生がここを開業前
血液内科にいたことも幸いし、
「一刻の猶予もありません。
私の推測通り悪性リンパ腫だとすれば
広島赤十字が一番です。
私が紹介状を書くから即入院を」となったわけだ。

ほんとに一歩間違えたら命を落とす
危ない橋を渡ってきたんだ。
いろんなラッキーが重なって今ここにいる。
インディー・ジョーンズかダイ・ハードじゃん(‘~`;)
T先生にもお礼を言いにいかないと。
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闘病記番外編ファイナル

2020/6/27(土)

闘病記番外編その4。

命に関わることなので、
このことも伝えておかねば。

抗がん剤の投与が始まると
ほとんどの人がひどい便秘になる。
で、通じがよくなる薬を飲む。
薬をやめるとまた便秘、
そんでまた薬、、、
みたいなサイクルが続くと
水戸黄門さまに過度のストレスがかかるのか
かなり高い確率で「ぢ」になる。
私も治療の第1クールで
人生初の「ぢ主」になった(‘~`;)

このとき「恥ずかしいなぁ」と黙っていると
傷口から大腸菌やその他バイ菌が入ることもあり
免疫力の弱った体には危険この上もない。
白血球数がゼロだったりすると
ほぼ、死に至るそうな。
よって「ぢ」になったら
即ナースコールだ。
若くてチャーミングな女性看護師が
突撃命令を受けた特殊部隊のごとく
この薬を持ってニコヤカに駆けつけてくれるはず(^-^)/
で、2、3日で完治する。

どうだろう、
闘病記番外編の締めにふさわしい
episodeではないか?
これにて、ヂ・エンド(笑)
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「ふだんあって当たり前」のありがたさ

2020/6/26(金)

闘病記番外編その3。

トータル70日間の無菌室入院を含む6ヶ月の闘病生活は
「ふだんあって当たり前」が
いかにかけがえのないものであったかを
あらためて気づかせてくれる
得難い体験でもあった。
また、入院中、
多くの友人や仕事仲間、武術や能のお師匠さん、
思いもかけぬ著名な方からも励ましのエールもいただいたのは
なんとも力強いことでした。本当にありがとうございます。
世の中コロナ騒ぎが落ち着きませんが、
またぜひご一緒しましょう。
今後とも、末長くお願いいたします。

そして、妻よ。
コロナで面会が全面禁止となる3月いっぱいまで
雨の日も風の強い日も
一日も欠かさずチャリで見舞いに来てくれて
ありがとうござんした。
夕方、館内放送で面会終了時間を告げる
「遠き山に日が落ちて」が流れ、
トンチンカンなことをしゃべっていたキミが帰ったあとの
誰もいなくなった椅子を
ビニールの壁越しにひとり眺めるのは
なかなかにつらかったぞ(笑)。
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看護師の子は親の背中を見て育つのだ

2020/6/25(木)

「受け身になりすぎないための闘病スタイル」番外編その2
~看護師の子は親の背中を見て育つ~

半年間の入院中、目を瞠ったのが、
看護師たちの献身ぶりである。
なかでも広島赤十字病院無菌室担当の看護師は
特殊な環境だからなのか、鍛え抜かれた精鋭揃いで、
しかも常に明るく接してくれた。

にしてもだ、
仕事とはいえ、ミスれば人の命に関わる
ハンパない緊張感の中で、
体液や時に糞尿の処理もせにゃならんし、
聞き分けのない患者に手を焼いたり、
機嫌の悪いドクターに怒鳴られることもあるだろう。
一生懸命看護して、
それでも救えなかった命とも日々向き合ってるはずで、
報われなさに落ち込んだりしないのか。
また、三交代制の過酷なシフトでは毎日が時差ぼけで
体内時計も乱れまくりではなかろうか。
さらに追い討ちをかけるように、
春あたりからは新型コロナへの厳戒態勢。
これで心が休まる暇はあんのかね?
っつーか、俺にはできん。

で、そもそもなんでこんな職業を選んだのか、
たいへん興味が湧き、いろんな看護師たちに訊いてみた。
返答を聴いて、グッときましたですよ。
若い彼ら彼女らのほとんどの母親が、看護師だったのだ。
「娘も今看護学校に行ってる」
というベテラン看護師もかなりいた。
想像するに看護師たちは家で
「この仕事の素晴らしさはね」など
あまり語りはしないのではないか。
ライター時代に取材した、
その道の真のプロフェッショナルたちは
世間一般が喜ぶような決まりきったコメントは口にせず、
ただひたすら、
一瞬一瞬に打ち込んでいる連中ばかりだったから。
だとしたら、やはり
「親の背中」を見ていたということか。
子供は親がしんどい時はわかる。
それでも仕事に立ち向かっていってるのも。
子供たちはひたむきな親の背中から
なにか大切なものを感じ取ったのか。
いや、私は言葉でもちゃんと伝えたい親でありたいが
今でもそういう非言語伝達法が生きているのだとしたら、
すごくイイ話と思ったのだ。
なわけで、あらためて感謝です。
あなたたちはヒーローっすよ。
(つづく)
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髪の毛が抜け始めたら即「バリカンで丸坊主」がオススメです

2020/6/24(水)

悪性リンパ腫闘病生活クロニクル番外編その1。
〜髪の毛が抜け始めたら即「バリカンで丸坊主」のススメ〜

一回目の無菌室入院の2日目に
抗がん剤の影響で髪の毛が抜け始めると、
すぐ看護師を呼んで
バリカンで丸坊主にしてもらったことは
episode4で書いた通り。

以前から「一度スキンヘッドにしてみたい」という
強い願望があり、ワクワクしながら刈ってもらったのだが
想像以上にエッジが効いた面構えとなり、気分が上がった(^-^)/
早速、自撮りして、
家族や病気のことを知っている音楽仲間に送信したものだ。

しかし、刈ってくれた看護師の話では
髪の毛が抜け始めた患者で
「バリカンで丸坊主」を所望するのは
意外にも3分の1程度とか。
特に女性は抵抗感があるようだが、
部分的に髪が抜け落ちたルックスでいるほうが
かえって切なくならないか。
また、毎朝、枕やベッドに抜け落ちた髪を
ガムテで拾う余分な手間も発生する。
丸坊主にすると、いろいろとラクである。
まず、当然ながら洗髪が必要ない。
濡れたタオルでふいておしまい。わずか数十秒。

特筆すべきは発熱時の優位性だ。
髪がないのでアイスノンがダイレクトに効く。
っつーか、効きすぎる。
また「冷えピタ」も、頭のどこでも貼り放題。
私は38度の熱が出た際、
おでこ、頭頂部、後頭部の三箇所に
冷えピタを貼り付けたところ急速冷却に成功。
その姿を見た主治医に
「あなたはがん患者のシリアスさがなさ過ぎる!」と
大笑いされたが。
それと、空気の微妙な変化が頭皮で感知でき
背後で誰かが動くとすぐわかる。
武術家としてレベルがあがった気にもなれるのだ(笑)。

そんな丸坊主の効用を、闘病記を随時綴っていた
Twitterにアップしたところ
フォロワーの女性がん患者数名が感化されて丸坊主にし
「頭だけでなく気持ちまでスッキリし、前向きになれた」
「どんなウィッグをつけようか楽しみが増えました」
「丸坊主姿が意外に可愛く自分が好きになった」など
喜びの声をメッセージで送ってくださった。
そう、女性はウィッグという武器が使えるし
女性のスキンヘッドって、
神々しくて素敵でカッコイイと私は思う。

さて、半年の抗がん治療を終え、寛解に至った現在
1日おきに髭剃りで剃らねばならぬほど
髪の毛もすっかり元気を取り戻しているが
抗がん剤治療中の厳しい体験を心に留め
我が精神を支える礎(いしずえ)としたく
今年一年はスキンヘッドで通したいと思っている。
(つづく)
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入院生活であると便利なあれこれ

2020/6/23(火)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その12。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:最終回」
~入院生活であると便利なあれこれ~

episode1~11まで、長々と約180日間の
私的闘病生活を綴ってきたが
ファイナルとなる今回は、補足的に
入院生活であると便利な小物やギアを紹介したい。

まず、キッチンタイマー。
入院生活は点滴、一日4回の検診、三度の食事など、
スケジュールは一見、かなり密に思える。
しかし、それぞれの治療プログラムの間は
30分~1時間と空くことも多く
狭く閉ざされた無菌室では
あらかじめ「やること」を決めて事前に準備しておかないと
時間を持て余し、それが続くと身も心もジワジワと萎えていく。
またタスクを決めていても
抗がん剤の副作用で体がダルいときなど、
つい先延ばしにしてしまい、あげく「明日にしよう」
となってしまうことも。
そこでキッチンタイマーの出番である。
前日パソコンに打ち込んでおいたスケジュールに沿って
「今から15分だけ筋トレ」とか
「30分後に点滴だから、これから25分間は集中して執筆」
というようにタイマーをセットして時間管理した。
また、とてつもなく具合が悪い時
「あと10分だけ横になって、それから歯を磨くぞコノヤロー」
みたいな使い方も何度かやった。
タイマーがなかったらほんとに眠ってしまうのだ。
また、点滴の所要時間を看護師に聞いておき
点滴開始とともにタイマーで計測。
予定時間をオーバーすれば、看護師を呼び
点滴の落ちるスピードを速めてもらったりもした。
こんな小技でストレスが軽減できてしまうのだ。

次に「ステッパー」。
「episode8」を読んで
「そんなキツイ筋トレは自分には無理」と思われた方も多いだろう。
だが、ステッパーなら女性や高齢者でもやれる。
狭い病室内でもウォーキングの代わりになるし
適度な有酸素運動で代謝も上がり、なにより食欲も増す。
音楽を聴きながら、あるいはテレビを見ながらできるのもいい。
私も食前や食後によくやった。
リラックス効果もあるのか
ステッパーを踏んでると不思議とアイデアもよく出るのだ。
「うちの病院で導入すればいいのに」と感心を示す
看護師や薬剤師もいた。

「耳栓」もお忘れなく。
無菌室の前後、
4人部屋の一般病棟で過ごすことが何度かあったが
この耳栓がないとまともに眠れない。
隣人である病人のイビキはそれほどまでに凄まじいのだ。

そして「フィギュア(写真)」だ。
自分のお気に入りのミニフィギュアを病室に飾るべし。
起床時とか「おはようさん、今日も一発気合入れて行くで!」など
話しかけましょう(笑)。
バカバカしいというなかれ。
そのうち、
フィギュアに「見られている」感じがし始めたらしめたもの。
ますます日々のタスクに身が入るようになる!

以上で私の闘病記は終了。
長文を読んでいただきありがとうございました。
明日からは「番外編」「備忘録」を転載予定。
これがベストというつもりはなく
私的な体験にすぎないが、いつかあなたか
あなたの大切な人が似たような目にあった時
なにかのささやかなヒントにでもなれば、嬉しいことです。
タイトルテーマにあるように
治療プログラムには厳密に従いながらも
適宜オリジナリティを自らの意思で加味していくことが
心身をヤラれないために重要と思うのです。
(つづく)

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面会謝絶の無菌室でも仕事は案外フツーにできる

2020/6/22(月)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その11。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode11」
~面会謝絶の無菌室でも仕事はフツーにできるのだ~

半年間の治療が終わり、多くの方から
「いよいよ仕事にも復帰ですね!」
などとお声をいただくのだが
実は、昨年末の最初の入院から3週間後には仕事やっていた。
けっこうフツーに。
私の数ある仕事のうち、収入の大半を占める
マーケティングコンサル、執筆、メンタルコーチングは、
随分前から、たまにオンラインでやっており、
入院中でも、まぁどうにかなるだろうと。

広島赤十字病院の無菌室にはWiFi設備がなかったので
自前で用意する必要があったが、これも低廉でコンパクトな
「楽天モバイル」で充分(写真の真ん中の白くて小さいやつ)。
これを愛用のノートパソコン「MacBookAir」につなげ
Skypeでコンサルティングやコーチングのほか
しれっと広告代理店主催の企画会議にも参加。
代理店の人などは私が無菌室から会議に参加していることに
最後まで気づかなかった(笑)。
ロゴのデザインもやったし
私が運営する、有料オンラインサロンの会員向けに、
無菌室からセミナー動画の収録&配信も。
この時は体重が10キロ落ちて微熱もあり
抗がん剤の副作用による口内炎の激痛でうまく喋れなかったが
「こんな型破りなコンサルは世界で俺だけじゃろ」
というヘンな自負もあり、なんとも痛快であった。

ビジネス経済誌への連載もここで書いた。
いつもは数百冊の蔵書に囲まれたオフィスで執筆していたが
それらの資料にまったく頼らずとも
スラスラとキーを叩けたのには自分でもびっくり。
本の内容は、すべて頭の中に入っていたのだ。
アナウンスのトレーニングも続けていたので
TVCMのナレーション依頼があれば、
「いまちょっと忙しいんスけど、ここらへんなら」と
入院中であることはナイショで
一時退院予定の日時を伝えて調整してもらい、
何食わぬ顔でスタジオに行って収録し、再び入院(笑)。

4月あたりからコロナにより
世間がオンラインや在宅にシフトし始めると
取引先もネット環境を整え始め
仕事はよりやりやすくなった。
ということで、
かつてないレベルでオンラインの親和性が増してきているいま
入院中でもかなりの仕事がやれてしまうのだ。
入院生活の後半では、私が病室でブツブツいってると
入ってきた看護師が
「今お仕事中かしら?」と確認するようになりましたとさ(笑)。
(次回いよいよ最終回)
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長~い点滴時間を有効に過ごすための秘策

2020/6/21(日)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その10。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode10」
~長~い点滴時間を有効に過ごすための秘策~

抗がん剤の副作用はいちいちシンドイし、
無菌室のレギュレーションも煩雑で制約だらけだということが
これまでの連載でご理解いただけたと思う。
また、その中で自主的に行う筋トレも
決して生半なものではない。
だが、じっとするのが苦手な私にとって
一番忍耐を要したのが、最長6時間にも及ぶ「点滴」だ。

悪性リンパ腫の抗がん剤治療における点滴投与は、
おおまかに三種類に分類される。
まず、抗がん剤。
猛毒ゆえ慎重に取り扱うことが要求されるので、
間違えにくいよう赤や青など
ド派手な着色が施されているものが多かった。
次に、抗生剤。
免疫力が落ちて発熱した場合など、
体内の細菌の繁殖を抑えるのが目的。
そして、血液や血小板減少時の輸血。
抗がん剤の副作用で血液生成もダメージを受けるのだ。
ちなみに血小板が減った状態で何かの拍子に傷を負えば
血が止まらなくなる場合もある。
いずれも点滴投与は一本で済むことはほとんどなく
たとえば発熱時などは、
朝6時、昼3時、夜9時と
1日三回の抗生剤点滴をしなければならないし
この合間に輸血が加われば
トータル6時間は覚悟しなければならない。

第4クールの抗がん剤投与も過酷だった。
いつもの腕からではなく、
右の鎖骨からカテーテルを通し
24時間体制で2本の抗がん剤を同時に、
しかも2日間ぶっ通しで投与。
はじめて逃げ出したいと思った(笑)。

結局、半年間でトータル400本くらい点滴を打たれ、
太い血管が自慢だった私の腕も、
後半になると、針を刺せる場所がほとんどなくなるほど
ボロボロ&穴だらけに。

さて、逃れる術のない長時間の点滴中、
たった一日ならまだしも
デジタルデバイスで音楽を聴く、
あるいは映像を見るだけでは、何ヶ月ももたない。
絶対にストレスがたまるに違いない、と予感した。
そう、ここでも「受け身」じゃダメなのだ。
私が考えた作戦は「学習時間にあてる」である。
私は昨年春から、
京都在住の観世流シテ方の第一人者、杉浦豊彦先生に
能の謡(うたい)をご指導いただいている。
そこで、パソコンに謡本(テキスト)を読み込ませ
その画像を横目で見つつ、
毎回録音していた稽古音源を聴き、
仰向けのまま繰り返し謡を吟じた。
もちろん、廊下に漏れないほどの音量で。
能の謡は音の空間認識感覚も鍛えられるので
楽しかった♪

また、契約している複数のシンクタンクから
毎月有料で送られてくる国際情勢やマーケティング情報の
レクチャー動画や音声も聴きまくったし、
著名な学者のオンライン講座も受講した。
世間からも菌からも(笑)隔絶された空間で
アカデミックな場と時間の創出、
なにより「学ぶ」という積極姿勢あってこそ、
私の精神の均衡は保たれたようにも思う。
外国語も面白いだろうし、
興味のあるものならなんでもオーケー。
落ち込むヒマがないほどに鍛え、学べばいい。
こういう環境であっても、点滴でがんじがらめでも
やれることは探せば必ずある。
そして、
自分は1mmでも進化しているんだという自負が
つまらぬ被害者意識をも消し去ってくれるのだ。
(つづく)
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病院食を美味しく食べるためのあれこれ

2020/6/20(土)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その9。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode9」
〜病院食を美味しく食べるためのあれこれ〜

無菌室の「アスレチックジム化」により
面会謝絶の閉ざされた空間であっても
十分なトレーニングができるようになったが
ここで忘れてはいけないのが食事である。
がん患者の病院食は「煮沸調理」である。
よって、基本的に超薄味で生野菜などもなく、味のバラエティに欠ける。
くわえて、抗がん剤の副作用で味覚や嗅覚が減退。
口内炎がひどい場合は、咀嚼すること自体が苦行になったりもするし
ほとんどの患者は病室でじっとしているから
食欲不振が一層増してしまう。
抗がん治療が進むほどに、ほとんどの患者が
やせ細っていく理由のひとつが
ここにあるように思う。
食えなきゃ、栄養剤を点滴するしかないのだ。

幸い私は最初の抗がん剤治療から比較的食欲があったし
第2クールから持ち込んだトレーニング機器効果で
しっかり食えていたのだが、それでも発熱時や
抗生剤の種類によっては食欲がなくなることもあった。
では、味気ない病院食(作ってくださっている方は
ほんとに一生懸命工夫を凝らしていらっしゃいます。
細やかな心遣いに、いつも感謝しておりました)を、
少しでも美味しく食べるには、どうすればいいか。
私は、お茶漬けの素、ふりかけ、
個別包装されているマヨネーズなどを
持ち込んだが、不思議なことに
たったこれだけで「娑婆の雰囲気」が増し
三度の食事が楽しみになった。
また、これだけでは全然足りないので、
液体プロテイン、カロリーメイト、
ブリックパックの野菜ジュースも適宜プラス。
(注:持ち込みや、持ち込み後の保管方法に
関しては必ず看護師や薬剤師に相談すること。)

おかげで、ヘンな言い方だが、がん患者のくせに
相当に健康的な入院生活を送ることができた。
ちなみに無菌室では、衛生上の観点から
箸、スプーン、コップなどはすべて
使い捨てのものを使用することが義務付けられる。
水道水を飲むこともNGで、飲み物は500mℓ以下の
ペットボトルの水かお茶(無糖)に限定。
また、ペットボトルの口飲みも禁止で、飲む場合は
紙コップにいちいち注ぐ。
使った紙コップも15分以上経ったら唾液から
菌が発生するので捨てる。
とにかくレギュレーションが厳しいが
数日で慣れるのでご安心を。
さて、もう気づかれた方もいらっしゃるだろうが
このように闘病中に詳細なデータを記録し
画像もいちいち撮っていたのは
私が生還できた場合(するつもりだったが)
同じ病に罹った人のなにかの参考にしてもらえたらと
意識してのことである。
決してベストではありませんが。
次回は、一日最長6時間にも及ぶ長〜い点滴時間を
どう有効利用するかをレクシャーします。
(つづく)
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そして無菌室は「虎の穴」と化した

2020/6/19(金)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り合えるシリーズ、その8。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode8」
〜そして無菌室は「虎の穴(※)」と化した〜
※「虎の穴」は漫画「タイガーマスク」に出てくる超人的レスラーの養成機関

年末の退院直後から、前向きというか
「前のめり的」に実施したリハビリがうまくいき
2週間後の通院による抗がん剤投与を経て
再び無菌室入院する頃には体重も8kg回復。
しかし、これでまた10日近く
狭い病室でじっとしていたのでは意味がない。
そこで主治医の許可を得て
無菌室に各種トレーニング機器を持ち込むことに。
レンチ一本でコンパクトに解体・組み立てできる、
ディップス&懸垂器。
移動せずともその場でウォーキングできるステッパー。
通常の腕立て伏せより負荷をかけやすいプッシュアップバー。
ロシアの格闘家愛用のセラチューブ、
腹筋ほか体幹強化に有効なアブローラー、
いろいろなエクササイズに使える軽量ダンベルなどを
40ℓの登山用ザックに詰め込んで、いざ病院へ。

病室に入るやいなや、器具を組み立てるのも毎度の儀式となった。
トレーニング機器がぎっしり収納された棚を見て(下の写真)
「ここだけみると、とても病室には思えない」と看護師。
こうして、パソコンでトレーニング日誌をつけながら
データを確認しつつ、じっくりと鍛錬。
器具を使わない、武術養生法や気功、
クンダリーニヨーガの呼吸法、
自重トレーニングも実施。
「レスラーブリッジ」など寝たままできるので
頻繁にやったところ、首がかなり太くなってしまった(‘~`;)

毎朝、採血、検温、血圧、酸素濃度など調べられるので
オーバーワークになっていないか
正確にチェックできるのも安心材料だった。
もちろん、発熱時(第2、第3クールでも数日あった)は休息したが、
トレーニングのおかげか、第1クールであれほど苦しんだ
口内炎や便秘はナシ。
メシもばくばく食えるどころか病院食では足りないほど。
結局、入退院を繰り返しながら、
このスタイルを通したところ、
白血球の戻りが早くなり、入院も短めとなった。
最終の第5クール終了時には、体重がなんと13kgもアップ。

この超ハードな抗がん剤投与プランを選択した場合、
治療が進むたび患者は衰弱していき、
全治療が完了する半年後には
看護師いわく「ガリガリのヘトヘト」になるのが常らしく
「逆にムキムキになっていった人はこれまで見たことない」とか。

さて、トレーニングはいいとして
食事とうまく両立させねば効果は出ない。
好きな餅が食えぬ病室で、どう栄養補給につとめたか、
病院食をおいしく食べる裏技とともに紹介したい。
(つづく)
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餅と筋トレで、ゆく年来る年

2020/6/18(木)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その7。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode7」
〜餅と筋トレで、ゆく年来る年ヨヨイのヨイ〜

1ヶ月に及ぶ抗がん剤治療をなんとか乗り切り
2019年12月末、一時退院できたはいいが
想像以上の体力&筋力の衰えに危機感をおぼえ
自宅道場にて大晦日から本格的なリハビリに取り掛かった。
ルール無用の状況下での護身を目指す我が超実戦武術では
ボディビルのようなオーバースペックの筋肉は禁忌である。
というか必要ない。
よって私も10年以上も前にウエイトトレーニングをやめ
自分の体重のみを使った、いわゆる自重筋トレにシフトした。
が、今回、一ヶ月の抗がん剤投与&入院生活で
なまりまくった筋肉に狙いを定め短期間で叩き起こすには
ウエイトが効果的ではないか、と本能的に感じ
10kg〜25kgまでの中程度のダンベルを使った筋トレを
部分的に取り入れてみることにした。

もちろんトレーニング実施にあたっては主治医にも相談。
「心拍数がガンガン上がらない程度の筋トレなら問題ない」
ということであったので、
心拍数が上がりそうになると
落ち着くまで充分インターバルを取ってから
次のセットにむかうという方法を選択。
また、同じく悪性リンパ腫のステージ4から生還した
東大大学院教授である「筋肉博士」こと石井直方氏の著書
「一生病気に負けない強い体の作り方」も大いに参考にした。
闘病中や高齢者であっても、いかに筋トレが有効であるか
というか、絶対やったほうがいいということが
しっかりしたエビデンスを元に記してあるので
興味のある方は一読をお勧めする。

さて、食事面だ。
三度の食事に加え、プロテインをしっかり摂ることも考えたが
そこはお正月、
親戚からたくさんもらった「餅」があるではないか。
「まんが日本昔ばなし」を見よ。
「ねずみのすもう」はじめ、昔話に出てくる主人公は皆、
餅やだんごで力をつけ
鬼やライバルをぶっ飛ばしているのである。

それにしても、
抗がん剤の副作用と一ヶ月の入院のダメージはハンパなく
闘病中の筋トレは健康状態でやるそれと比べ
何倍もキツかった。
心拍数が上がる以前に悶絶しそうになったこともあるが、
歯を食いしばって耐え、一週間も経つと
「涸れた田んぼに水を満たす」がごとく
懸垂もらくらくこなせるようになり
筋肉がいっきに息を吹き返すのがわかった。
「餅効果」で体重も8kgも戻った。
ザマアミロだ。

そして、1月8日から通院による抗がん剤点滴が再開。
白血球数が減少した1月18日、二度目の無菌室入院。
しかし、今回の入院は、ディップス&懸垂器、
ダンベル、プッシュアップバー、アブローラー、
ステッパー、セラチューブなど、
頼もしい各種トレーニング機器も一緒だ。
そう、無菌室を
「アスレチックジム」にしてやりましょうと(^-^)/
(つづく)
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一ヶ月ぶりの一時帰宅、反逆の筋トレ開始宣言

2020/6/17(水)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その6。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode6」
〜一ヶ月ぶりの一時帰宅、反逆の筋トレ開始宣言〜

2019年11月末の緊急入院から
高強度の抗がん剤投与、
白血球減少による無菌室入院、
ひどい口内炎や発熱など
さまざまな副作用に苛まれながらも
抗生剤や輸血により、徐々に白血球数が回復。
予定より5日早い12月29日、
白血球数が2000を越え、
晴れて一度目の一時帰宅許可が下りた
(下の写真。広島日赤病院ロビーにて。脚の細いこと!)。

病院の外に一歩踏み出すと、
街はいつのまにか冬になっていた。
一ヶ月ぶりに我が家へ戻り、
いつものようにエレベーターを使わず
3Fまで階段を上ろうとするも、
まったく脚に力が入らず、
登りきるまで休憩しながら数分かかり
息も絶え絶えとなる。
なにしろ、
両手の親指と中指をくっつけて輪っかを作った状態で
膝の上から脚の付け根の手前まで、
すーっと指を離さずにあげられるほど
脚が痩せ細っているのだ。

全体的にどれくらい筋力が落ちているのか詳しく知りたく、
夕方、
マイ道場(心体育道小林道場)に設置してある
懸垂器にブラさがってみる(2枚目の写真)。
通常ならウォーミングアップで
20回くらい楽々こなしていたのだが
これまた笑えるほどに力が入らず
わずか数回でずり落ちてしまった。
腕立て伏せやスクワットもまったくダメ。
抗がん剤の影響もあるのだろう、
体が異様に重ダルく、キレがない。
道場の床に荒い息を吐きつつ仰向けに伸び
「抗がん剤マジやばいわ。
全5クールある治療工程の第1クールでこれなら
全部終わる半年後にはどうなるんや?」と
なんともいえん不安におそわれる。

だが、、、ちょっと待てよ。
年明けから通院で第2クールの抗がん剤投与が始まり
白血球が落ちて再び無菌室入院まで2週間以上ある。
それまでに、筋トレがんがんやって
メシも山ほど食いまくりゃ
10㎏以上落ちた体重なんかすぐ戻るんちゃう?
っつーか、
無菌室にもトレーニング機器を持ち込めばイイのだ。
代謝が上がれば、免疫力や回復力もアップするはず。
57才?カンケーないわ。
よっしゃ、伝説作りましょう。
受け身になるな。攻めまくれ。
(つづく)
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それはまるでヒバクシャの追体験のごとし

2020/6/16(火)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その5。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode5」
〜副作用の本気モード。それはまるでヒバクシャの追体験〜

無菌室に入って2日目には白血球数がゼロに。
と同時に「待ってました」とばかり
免疫力が落ちた身体に、強い抗がん剤による
さまざまな副作用が襲いかかってきた。
全身の脱毛から始まり、
口の中全体が焼け野原になるようなひどい口内炎。
舌の縁も腫れ上がり、
食事の際、咀嚼するだけで涙が出るほどの激痛。
味覚と嗅覚もほとんど失せ、
食べること自体が苦行となった。
強く歯を磨くと出血するので
ハブラシの扱いにも慎重さが要求される。
なにしろ血小板も少なくなっているので
一度出血するとなかなか止まらないのだ。
また、指先のシビレにくわえ、
手の甲側の皮膚が黒ずんでひび割れる(写真参照)。
鼻をかむと鼻血。耳鳴り。
倦怠感もパワーアップし、なにをするにも
気合が必要となる。
そして、全身が揺さぶられるような
強烈な悪寒のあと、ついに発熱。
私の場合は、37.5〜38.5度あたりの熱が
数日間続いた(終盤の第4&5クールでは一度も発熱なし)。

で、ここで思い出したのが
幼少時からさんざん聞かされた親族の被爆証言だ。
というか私自身が被爆二世だったりする。
直接被爆、入市被爆(原爆投下後、エリアに入って被爆)に
関わらず、ヤケドをしていなくても
鼻血が出たり髪の毛が抜けはじめると
その人はかなりヤバイ状態。
夏なのにガタガタ悪寒がすると
いよいよ危険(「はだしのゲン」にもそういうシーンがある)。
吐血するともう長くない。
そこから数日間持ちこたえたとしても
顔が腫れあがり、歯が抜け出すと、
そのときはもう内臓がメチャメチャになっているから
諦めなければならない、、、、。
まさに私は「ガタガタ悪寒がする」までは
追体験しているわけだ。
さらに、ここ広島赤十字病院の
正式名は「広島赤十字・原爆病院」である。
原爆投下時には多くの犠牲者が運び込まれたし
今も被爆者の方が少なからず入院していらっしゃる。
そんな場の歴史も臨場感を高めるのだろう。
「そうか、こんな感じだったんだ。
俺は安全な無菌室にいるし、具合が悪くなれば
医者や看護師が総掛かりで迅速にケアしてくれる。
でも、これが医療体制や衛生管理など望むべくもない
1945年の夏のヒロシマだったら、、、」
そんなことにも思いを巡らしながら
抗生剤点滴や輸血を受けながら数日、
徐々に白血球が戻り始め
副作用も少しづつ収まっていった。

で、熱が下がったある日、
洗面所の鏡に映った
すっかり激ヤセしまくっている我が姿を見て思わず失笑。
「ガンジーか、おい!」
(つづく)
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無菌室という秘密の花園

2020/6/15(月)

私の半年に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その4。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode4」
〜白血球数が下がり秘密の花園「無菌室」へ〜

2019年12月中旬、全5クールのうちの
一回目の抗がん剤治療がスタート。
高強度の抗がん剤を数日間連続で点滴投与するわけだが
翌日より副作用が出て、翌週には白血球数が
200まで急激に減少(通常は3300以上)。
感染予防のため一般病棟から無菌室へお引越しとなった。

無菌室(クリーンルーム)は、
特別な空調設備を整えた個室である。
ベッドの頭側に備えられた、
アイソレーターと呼ばれる機器から
24時間微弱な空気が足側に向かって流れており
この「清浄な空気の川」に身を置くことにより
細菌やウイルスの侵入をブロックする仕組み。
いわゆる「陽圧室」であり、
例のコロナ患者が入院する「陰圧室」とは逆の発想。
最近では、
病棟のフロア全体が無菌室化された最新の病院もあるそうだが
広島赤十字のは、いささか古いタイプで、
空気の流れを密にして高めるため
ベッドの周囲がさらにビニールの仕切りで
覆われているタイプもある(下の写真参考)。
トータル5度の無菌室入院のうち
3回がこの旧式ルームだった。

さて、無菌室は当然のことながら
一般病棟よりレギュレーションが厳しい。
まず、細菌の繁殖の可能性のある本、新聞、メモ類、
タオル、毛布の持ち込みは禁止。
ベッドの上ではアイソレーターの吹き出し口側へ
常に頭を向けておくこと。
コップ、箸、スプーンなど食器類は使い捨てのもの。
果物、野菜、寿司、納豆、ケーキ、アイスクリームなども
差し入れ禁止。3度の入院食はすべて煮沸調理。
また、排尿時、指定の紙コップにて尿の量を毎回計測。
イソジンで一日5回程度のうがい。
週2回の検尿&検便。
一日4回の検温、血圧、酸素濃度チェックなど。
見舞いする人も2名までで、事前登録制。
入室前は手を徹底洗浄のうえ
防護服で全身を覆い
患者とはビニールの壁越しに対面するしくみ。
しかし、これも3月までで
4月からはコロナの影響で面会謝絶となった。
無菌室に入って2日目から髪の毛が抜け始めたので
すぐに看護師を呼び、バリカンで丸坊主にしてもらった。
これで出家の準備完了。笑
「カギのない独房」にて修行スタートだ。
(つづく)
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抗がん剤副作用のファーストコンタクト

2020/6/14(日)

私の半年間に及んだ闘病生活を時系列で振り返るシリーズ、その3。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode3」
〜やっぱり手強い抗がん剤ファーストコンタクト〜

腫瘍の検体確保のための内視鏡手術などを経て
緊急入院から10日後、
点滴による抗がん剤投与がいよいよスタートした。
今回選んだ、というか
一刻の猶予もないため選ばざるを得なかった
もっともハードコアな抗がん剤治療プランであるが、
なるほど、投与の翌日から
無菌室に入院するまでの数日間だけでも、
さまざまな副作用に苛まれることとなった。
まず、疲労とは違う、ハンパない倦怠感。
両手の親指から中指にかけて、
寒さでかじかんだかのような指先のシビレ。
ふらつき、便秘、食欲不振etc。
頭ももやがかかったみたいに思考がまとまらない。

これで白血球数が下がりはじめたら
一体どんな目にあうのか?、、、
が、今はジタバタしてもしょうがない。
しばらくは大人しくして、
仲間でもあり敵でもある抗がん剤の出方を
観察することにした。

てなわけで、下の写真は
日に日に弱っていくダンナに
画像アプリでへんなものを被らせて遊ぶ妻。笑
(つづく)
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不安は放置せず、冷静かつ徹底的に向き合う

2020/6/13(土)

私の半年間の及んだ闘病を時系列で振り返るシリーズ、その2。

「治療プログラムには100%従いつつも
受け身になりすぎないための闘病スタイル:episode2」
〜不安を解消する唯一の方法〜

昨年11月中旬に突然体調を崩し、
それから一週間後には心の準備もできないまま
広島赤十字病院に入院、高強度の抗がん剤治療を開始。
しかも放置しておけば翌月には
あの世に旅立っている可能性大、、、
このようなフクザツな状況で不安や恐怖を感じない人は
いないと思う。
こんなとき、よくある自己啓発本には
「何事もポジティブに考え笑顔で過ごす」
「感謝の気持ちを忘れない」
「自然とのつながりを意識する」
「不安を手放して瞑想する」
などという寝言が書かれているが
不安は一向に解消されないばかりか
極限環境でこのようなことを無理してやっていると
やがて自己嫌悪に陥り、
鬱状態になってしまう危険性がメチャ高い。

30年近く、
マインドプロファイリングや発想術、コーチング技術を
その道の世界的権威から学び、実践し
その集大成として開発した「オクターヴ・メソッド」という
脳域拡張エクササイズを指導している私の不安解決法は、
ただひとつ、
「不安は放置せず、冷静かつ徹底的に向き合う」である。

やり方はいくつかあるのだが、
この時やったのは「不安の正体を知るための記述」だ。
まず、普段使用しているビジネス手帳に
*抗がん剤投与の治療スケジュール
*抗がん剤の種類とその目的
*抗がん剤の副作用と対処法
*食事や水分を取る上での注意事項
また、実際に抗がん剤投与が始まってからは
*食欲や便通、倦怠感、体重など身体的変化の観察
*痛みや不具合が発生した箇所
*筋トレや武術養生法のメニューや
タイミングのチェック(担当医や薬剤師にも相談)
*抗がん剤、抗生剤、輸血など各点滴にかかる時間
、、、などを詳細に記述。
また少しでも疑問に感じたことは
担当医、薬剤師、看護師に質問しまくってメモした。
体重が10kg落ち、
握力もなくなった手で必死にペンを握って書いた。
それが下の写真だ。

通常、人は
AならばB、BならばC、、、というように
単一の直線的思考が一般的。
たとえば、
あなたの周りの誰か親しい人を思い浮かべて欲しい。
ある事象が起こったとして、
それに対するその人の反応(発する言葉や態度)は
シナリオをかけるほど容易に想像できるだろう。
その人も単一直線思考、つまりワンパターンだから。
しかし、これだとたちまち行き詰まってしまう。
一方、不安をすべて記述し「明らか」にすると
単一直線思考から簡単に抜け出せ
それぞれの事象の相関関係も冷静かつ客観的に見て取れ、
おのずと問題の攻略法もはっきりする。
今心配すべき必要がない箇所もわかり労力も節約できる。
「オクターヴ・メソッド」でいう「多重思考術」だ。
ちなみに、
この相関関係を仏教哲学では
「縁起(縁によって起こる=存在は関係性によって生まれる)」
相関関係を自在に俯瞰することを
「観自在(思い込みにとらわれず自在に観る)」
と言っている(たぶん。笑)。
さて、不安や疑問を記述したら頭の中がスーっと整理され
いつもの闘争心やふてぶてしさが戻ってきた。
今やるべきことが明確となり、そこに100%集中できる。
戦闘開始だ。
(つづく)
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治療プログラムには100%従いつつも、受け身になりすぎないための闘病スタイル

2020/6/12(金)

さて、当ブログでたまに近況をアップしてきたが
ここらで一度、半年間に及んだ闘病をじっくり振り返ってみようと思う。
題して
「治療プログラムには100%従いつつも、受け身になりすぎないための闘病スタイル
〜episode1:そいつは突然やってきた〜

そもそも悪性リンパ腫とはなんなのか。
本来は免疫システムであるリンパ球が
用もないのに無制限に増殖して人体を破壊、
死に至らしめるというもの。
超健康体であっても「交通事故のように」
一万人に一人の確率で罹る時は罹ってしまう、
いまだ発生のメカニズムがはっきりしないし
健康診断でも見つかりにくい場合もあるという
謎多き血液のガンだ。
私の場合は、昨年11月の中旬あたりから
まず、なんとなく食欲がなくなった。
つづいて便秘。
なにしろ、私の便通の良さは国宝級であり
「なんかおかしいぞ」と。
また、入浴後、
立ちくらみがするようになる(すでに極度の貧血状態)。
さらに数日たつと、
完全にものが食べられなくなったうえ
右脇腹全体に鈍痛が出始め
夜もほとんど熟睡できなくなる。
少し動いただけで息も上がってしまう。
で、近所のTクリニックへいったところ、
ドクターが私の腹に触れるなり、
「これは一刻の猶予もない。
日赤に紹介状を書くからすぐに精密検査を受けなさい」と。
結果、悪性リンパ腫のステージ4であることが
判明するわけだが、この間、
具合が悪くなってからたったの一週間。
それなのにすでに末期状態って意味わからんぞ。

ちなみに悪性リンパ腫はホジキリンリンパ腫と
非ホジキリンリンパ腫の2つに分類され
さらに非ホジキリンリンパ腫は
B細胞性とT細胞性に分かれ、これがまた3段階あり
細かく分類すれば40種類以上もある。
正確を期すため興味のある方はネットで検索を。
私のは、例の著名アナウンサーと同じ
非ホジキリンリンパ腫のB細胞性。
進行が異常に早く、
PET CT検査で腫瘍も相当にデカイことがわかり
放置しておけば来月中には死んでいる可能性が高いと。
なので、
必然的にもっともハードな抗がん剤治療プランを
選択したというか、選択せざるを得なかったわけだ。
ア〜コリャコリャ♪

かくして心の準備もできぬまま
2019年11月29日、
広島赤十字病院に緊急入院となる。
下の写真は入院当日の写真で、表情から
状況がまったく飲み込めていないのがよくわかる(笑)。
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そして寛解

2020/6/11(木)

2ヶ月ぶりに近況をアップします。
昨年11月末、突如体調を崩し精密検査を受けたところ
悪性リンパ腫のステージ4、余命一ヶ月程度であることが判明。
日赤病院に即入院し、もっともハードなレベルの抗がん剤治療を開始したことはお伝えした通りです。
抗がん剤を連続投与して白血球が下がったら無菌室に入院ということを5度繰り返し、
先月初旬に無事完走。
最初の一ヶ月で10kg落ちた体重も途中から主治医の許可を得て
病室に筋トレグッズを持ち込んで日々トレーニングに励んだ結果
12kgの筋肉量アップに成功。
かといって抗がん剤治療っつーものは、私の体力&忍耐力をもってしても
とうてい生易しいものではなく
毛髪はすべて抜け落ち、400本近い点滴を受けた両腕の血管はボロボロ、
また第3クールでは恐れていた敗血症に罹り、その発症が3日早ければ死んでいたというような
生命の危機も数度体験。
そして少し前、最後の難関であるPET CTを受け、その結果を主治医から聞かされました。
腫瘍が画像でも血液検査でも発見できない「寛解」であると。
生存率60%からの生還です。
ご支援、ご声援いただいた皆さん
本当にありがとうございました。
また、トータル70日間に及ぶ面会謝絶の入院生活は
あたかも修験者の山籠りのようでもあり
生死の境にて
これまで、そしてこれからの生き方をじっくり洞察する
得難い瞑想体験にもなりました。
抗がん剤のダメージが今しばらく残るそうですが
徐々にリカバーしていく所存。
見た目もご覧のように
ますますチャーミングになったでしょ?(笑)
コロナで皆さんも大変とは思いますが
命さえありゃあ、なんとかなりますぜ。
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プロフィール

三代目春駒/小林カズヒコ

Author:三代目春駒/小林カズヒコ
マーケティングコンサル、童話作家、声優、ミュージシャン、武術師範(心体育道小林道場師範)など、多方面のトップで活躍するハイブリッド系パフォーマー。能の謡(うたい)を京都在住の観世流シテ方能楽師、杉浦豊彦先生に師事。ちなみに「春駒」とは、芸者として博多で活躍していた祖母「春駒」の芸号である。2019年末、悪性リンパ腫のステージ4と診断され、半年間の抗がん剤投与を経て翌年5月に寛解。

西瀬戸メディアラボHP
http://www.nishisetomedia.jp/

三代目春駒オフィシャルHP
http://www.harukomania.com/

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